人生とは重荷でしかない。


ふと、
人生って、重荷でしかないなーと思いました。

「今」しかないととても楽だなーと。

個人としての人生や時間とは、
当然のごとく、あって当たり前で、
非常に重要なものでしたが、
それを一旦外してみると、それは単に苦しみや重荷でしかないな〜と思えてきます。

ということは、
『奇跡講座』に当てはめて見るなら、
それは本当に「罪ありき」なんだなーと思えてきます。

それは、自我と同一化した歪曲された知覚から、少しずつ、
正しい知覚に変わってきていると言えるかもしれませんが、

聖霊のともに見るなら、
自我とはだんだん
「おかしなものだ」という認識になり、

そして、やはり、
「あり得ない!」とわかってくるのだと思います。

ACIM KUUKA

「奇跡講座の学びと実践」のシェア。 この動揺や喜びは何のためのものだろう。